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新車はどこまで磨けるのか

先日、お客様からご相談がございました。
「新車から1年経過していないが、塗膜が薄いと他店で言われました」
という事で、これ以上の研磨・磨き作業は困難でしょうか、というご相談です。

新車はどこまで磨けるのか、どう判断すべきでしょうか。
クリアー塗装と磨き・研磨作業、塗膜の厚みについて、
佐野の回答と、ご説明のために得た知識を書き連ねていきます。

磨き作業の限界とは

まずは磨き作業の限界とは何か、ここでの定義を考えます。
磨き作業を行う理由はいくつかありますが、一般的な理由は

  • 小傷がある
  • ウォータースポット(イオンデポジット)がある

といった、洗車では取り切れない汚れ、キズがある場合だと思います。

クリアー層を研磨しきってしまえば、次に現れるのは色・パール又はメタリック等の塗膜です。
ここまで到達すると、耐久性(硬さ)がクリアー層より遥かに落ちるため、何も考えずに研磨していけば下地塗装(サフェーサー・防錆塗装)や鉄板まで到達してしまうでしょう。
当然、元に戻すためには塗装が必要となりますので、一般的な磨き作業の限界は「クリアーがツヤや耐候性を保てる程度に残る」という厚さが限界と言えます。

また、美観を考慮すれば「周囲の部分やパネルとゆず肌に違和感が無い程度」の研磨が限界とも言えます。
これについては、後述します。

クリアー層の限界の基準は業態ごとに違う(気がする)

厳密にいえばクリアー層が何マイクロメートル残っていれば大丈夫、という基準を会社ごと、又は個人ごとに設ける事となりますが、
塗膜厚を計測する方法は私の知る限り、金属であるパネルと塗膜表面との距離となります。

そのため、クリアー層のみの厚みを測る事はできません。
ツヤ、光の反射等を確認して磨き作業の限界を推し量るしかない、とも言えます。
もちろん、研磨作業は人間が手で行うため、「1マイクロメートル削りました!」というのは事前事後の計測結果の差であって、作業前に1マイクロメートルだけ削ろうと思って削る、という事はなかなかできません。

技術・経験・知識でクリアー層を判断できるとしても、明確に何マイクロメートルクリアーが残っています!と確認できないのであれば、業態ごとにクリアー層の限界が異なるとも言えます。
極論を言えば、塗装作業が可能な板金塗装工場では、あまりにも薄くなりすぎればクリアーを塗装すればクリアー層の厚みは回復します。
塗装作業を外注に依頼するカーディテーリング店では、仕事内容によって赤字になるため薄くなりすぎる事に抵抗があるでしょう。

クリアー層の厚みを把握するには

塗膜厚を計測して基準を設けるのは、人材の教育・研修が非常に楽です。
例えば、機器を使って「塗膜厚が80マイクロメートルなので、(自社基準として)もう磨けません」という判断を行うのは新卒採用1日目の午後からでも実践できるでしょう。
(もちろん、人手不足の自動車業界でそれが悪いわけではありません)
そしてこの機器は、誤差2%程度のものであれば1万円以内でAmazon等で購入可能です。

実際に新車や新車に近い車で各パネルを計測すると、80マイクロメートル~130マイクロメートルほどと幅があります。
(ちなみに、軽自動車でも外車でも、概ねこの範囲に落ち着いていますが、例えばルーフ別色の車両で2色が塗り重ねられている所は塗装2回分の厚み、150マイクロメートルほどのケースもあります)
つまり、機器を使って塗膜厚を測りクリアー層の原因をご説明するのは教育・研修、そして(自社基準の)説明が楽だからと言え、「技術・経験・知識」という顧客に説明が困難になる方法を避けている(又は避けざるを得ない)と言えます。

最近は、バッテリーの状態を計測する機器もございますが、肝心なのは計測結果をどう扱うかです。
バッテリーの状態を計測する機器に、「新品バッテリーの一般的な電圧より0.1Vでも低ければ要注意と出るように設定」している場合は、それは本当に要注意なのでしょうか。
新品バッテリーの電圧に個体差は無いでしょうか。つまり、校正・設定が肝心です。
お客様のご依頼で塗膜厚を計測する時、目の前で機器の校正をするという当たり前のことが出来ていなければ、教育・研修をしても信頼感のある、納得のいく計測値とはなりません。
計測する事が仕事ではなく、計測結果を何に使うのか、そのために行うべき事は何なのかを考えるのがプロの仕事です。

なぜ新車塗膜厚に差が出るのか

「新車は全てのパネルが同様に塗装され、同様の塗膜厚ですよね」
と聞かれたら、分かりませんとしか答えようがありません。
同様の定義が異なれば、「そうですね」と答えたところで解釈が異なるためです。

私は新車製造工程に詳しくないため、電着塗装や吹き付け塗装による塗膜厚の差は存じ上げませんが、
鈑金塗装工場が補修塗装で行うのは吹き付け塗装となりますので、吹き付け塗装には一般の方より詳しいと自負しております。

吹き付け塗装では、「色が染まる厚さで」「塗料が垂れないように」塗装しています。
お客様から「クリアーを厚く吹いてくれ」と言われる事がありますが、垂れないように塗装するには限界があるわけです。

トヨタの新車製造工程の動画を見る限りでは、ロボットアームが一定の距離で一定量の塗料を吹き付けているようでした。

この動画を見る限り、プレスラインや角度によっては塗料の定着率(塗着効率)の差が塗膜の厚みに差をもたらしそうだと感じました。
平坦な場所の中央が薄く、周囲に散った塗料が付きやすい山になっている部分が厚く、隣接箇所で塗装された塗料が乗りにくいボンネットとフェンダーとの境目付近では薄い、などが想像できます。

環境省の資料を確認すると、右下にロボット塗装における膜厚分布データがございます。
少し古い資料ですので、技術の進歩により現在はここまで厚みに差は無いかもしれませんが、どの年代でも新車は一定の塗装膜厚、とは言えないという事となります。
この資料では、必要膜厚に対し4割ほど厚い部分があるのは”製造の都合上やむを得ない”と判断できます。
4割というのは、必要膜厚が80マイクロメートルだとすれば、112マイクロメートル、100マイクロメートルだとすれば140マイクロメートルとなります。
これでも本当に、”膜厚計測のみでクリアー層の残量について顧客に説明”できるでしょうか。

塗膜は厚い方が良いのか

もし本当にクリアーを厚くしようと思ったら、クリアー塗装が乾燥してから更にクリアー塗装を吹き付ければ可能な気はしますが、自動車というのはそのような事を想定しない構造となっておりますので、二重にクリアーを塗装する事でトラブルが発生するかもしれません。
例えば、その厚みによって部品と干渉してキズがつく、部品のチリがズレる(隙間が狭く見える)、光の屈折率の関係で隣接パネルと色の差が目立つようになる、といった事が想像できます。
(全てのパネルのクリアー層が二重になっていると仮定しても、隣接パネルの角度やチリ、形状等から色の差が出る可能性があります)

そのため、クリアー層が厚ければ厚いほど良い、という訳でも無いと言えます。
クリアー層を除いて塗膜が厚いと、耐候性が増しますので、薄ければ良い、という訳でもありません。
美観以外の塗膜の機能・役割は、耐候性や錆を防ぐ目的となります。
役割を果たせる適切な塗膜厚であれば、問題があるとは言えません。

新車は磨かれているのか

「新車の塗膜が薄い」と言われた場合、どのような事が考えられるでしょうか。
国産車・外車を問わず、ディーラーで車両を製造している訳でもなければ、新車が製造直後ディーラーに届くわけではありません。

輸送、保管、管理、移動など、様々なキズがつく状況を経てディーラーに届きますので、
工場やヤード、ディーラー店舗に行く前の外装チェックの段階で研磨作業を行い、薄くなる事はあるでしょう。

磨かれている事が容易に分かるケースもある

バブル期ならともかくとして、現在の新車のほとんどは柚子肌(ゆず肌、みかん肌、オレンジピールなどと言いますが、かんきつ類の皮のようになっている見た目の事をさしています)がありますので、一部だけを強く研磨すれば当然その部分は平滑になり、柚子肌ではなくなります。

全体を少しずつ研磨したのであれば違いは分かりづらくなりますが、それでも隣接パネルと差が無ければ、強く研磨したとは言えないのではないでしょうか。
新車が研磨されているかどうか、磨かれているかどうかは、塗装肌で判断する事が出来ると言えます。

まとめ

新車塗膜のご相談を受けてご説明させていただいた内容や、これに関連して得た知識等を記載させていただきました。
カーディテーリング店(コーティング専門店)等で、塗膜が薄いと言われたが覚えが無い場合等の参考にしていただきたいと存じます。

なお、私は科学や化学について専門的知識を有しているわけではなく、塗装工でも板金工でもなければ、コーティングを施工する作業担当者でもございません。塗膜の研磨作業もできません。
あくまで板金塗装に対する一般的知識を有した素人に毛が生えた程度の人間が、検索した内容で想像できるレベルの知識で構成された文章となりますので、間違った部分があれば遠慮なくお伝えください。

私も含め、プロ(っぽい人)の言葉を信頼するだけでなく、疑う力も必要な嫌な時代になってしまいました。
余談ですが、佐野が自信を持ってご説明できるのは事故による被害者と加害者の権利と義務といった法律面に近い内容です。この中には、保険会社が約款に無い事で契約者や事故被害者に対して不払いともいえる説明を行うことも含まれており、事故にあった方の強い味方になれると自負しています。
こういった部分は弁護士に近い内容となるため、鈑金塗装工場の人間としては出来ない事もございますが、なんでもご相談いただければ誠心誠意ご回答させていただきます。

投稿者プロフィール

shusukesano
shusukesano
2022年7月時点で板金塗装工場のフロント(事故修理担当者)歴16年目。
年間700件近い事故に携わり、事故の総取扱件数は10,000件を超える。
お客様や取引先からはもちろん、同業他社のフロント担当者からの支持も厚く、困ったときは佐野に聞け!という板金工場も多い。
2022年1月に4歳になった娘と家族のため、月間残業時間10時間以下を心がけている。

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