全塗装でクレームが発生する理由(鈑金塗装工場視点)
弊社のこのブログの人気記事は、実はクレーム関連となっております。
というのも、恐らく「クレームを言う」お客様側の視点の記事や投稿、意見は多く出てくるものの、鈑金工場の目線でクレームについて記載している記事が少ないからだと考えられます。
弊社で発生するクレームというよりは、「なぜ鈑金塗装でクレームが発生するのか」という事を鈑金塗装工場目線で記載していきたいと思います。
考えられるクレーム発生の原因その1 そもそも打ち合わせができていない(足りない)
修理方法の打ち合わせを行わないと、クレームが発生する可能性が高くなります。
「鈑金塗装工場にお任せする」というタイプのお客様はもちろん、工場側から予算を抑える提案や、又は予算をかける提案が無い場合を指します。
車両保険や被害事故で対物保険を使うのに、「更にお金を払う作業」のご提案をするのは、鈑金塗装工場側も難しい場合が多い事が、打ち合わせを困難にさせているかもしれません。
全塗装の場合でも、弊社で以前記事にしている、「実費修理の提案方法」が参考となります。
全塗装ではない部分的な修理でも同様ですが、作業方法は何パターンもあるのに、見積もりは1つだけの場合が多いです。(内容にもよるため、それが悪いわけではありません。見積もりが1パターンしか出なかった!星1です!というようなレビューは参考にならないと思います)
クレームが心配な場合は、「もっと予算がかけられるのですが、この見積もりが一番キレイに仕上がる作業方法ですか?」や、「もっと予算を抑えたいのですが、これぐらい予算を抑えるとこういったトラブルが発生する可能性がある、というものを教えてもらえますか?」といった質問をすると、クレームが発生しづらいかと思います。
見積もり内容にこういった質問をすると、「素人なんだから面倒臭い事言うなよ」という工場も多いのですが、私はそれをあまり良い工場だとは思いません。知らないのだから質問する、知っている人が教えるのは当たり前だと思います。しかし、こういった説明には非常に時間がかかるため、価格に転嫁できない比較的安価で作業をしてもらえる修理工場では説明が出来ないというのは仕方がないかと思います。
特に保険修理の場合、「キレイに直してください」という最も早く終わる打ち合わせで終わってしまう事が多いです。
この、「キレイ」の基準は人によってそれぞれで説明が難しく、お客様の中で考えられる最上の修理方法が、車両保険で通らないケースが多いです。
この場合、事前の説明が出来るかどうかは、お客様からご質問や作業内容への詳細な希望をお伝えいただけるかにもよりますが、キレイの基準の差でクレームが発生する場合があります。
特にクレームが発生する可能性が高いのは、旧塗膜(旧塗装)の除去になります。
新品部品に交換するのであれば通常塗装がされていないので、旧塗膜が無い状態となりますが、以前にどこかで修理されていたり、経年劣化で新車の塗装がダメージを受けていたりすると、基本的にはその塗装を除去する金額は車両保険や対物保険で支払われないケースがほとんどです。
そして、塗装トラブルが既に発生している上に塗装をする場合や、経年劣化の上に塗装をする場合、「修理工場に対する作業のクレームなのか、旧塗膜(以前の修理)で発生しているクレームか分からない」というトラブルが起こり得ます。
これが、クレームに対処してくれない工場の正体であった場合、工場の作業品質の問題というよりも、事前の打ち合わせをする(顧客の本当のニーズを引き出す)能力、簡単に言えば打ち合わせに問題がある、という事になります。
また、全塗装の場合は弊社で以前記事にしている、「ボデーショップ佐野の全塗装について」が参考となりますが、弊社では念入りに打ち合わせを行ってから全塗装をしております。
これは、全塗装のクレームを防ぐためでもあります。
全塗装をしたいという事は、全塗装前の塗装が経年劣化や以前の修理により、新車の状態に近いとは言えない事がほとんどです。
前述の通り、全塗装前に「既に塗装トラブルが発生していないか、劣化具合はどうか、トラブルや劣化が発生している場合、それをどうするのか(どこまでお金をかけて作業するのか)」を打ち合わせする必要がありますが、手間を省くためほとんどの鈑金工場ではこれを行いません。
そのため、打ち合わせが無いまま一律料金で進めた結果、
顧客「**万円払うからこれぐらいキレイになるだろう」
(今あるトラブルは全て解決するし、もう全部問題なくキレイに塗装してくれるだろう、など)
鈑金工場側「**万円だからここまでしか出来ない」
(今あるトラブルを直す費用は含まれていない、下処理は塗装が乗る最低限、凹みはそのまま、など)
一律料金で全塗装を行う工場の実情を知りませんので、細かいお打ち合わせがある可能性もございますが、
「**万円って書いてあるからその金額しか用意しません」という形だと、こういったすれ違いが起こり得ます。
ボデーショップ佐野としては、「全塗装が一律料金で出来るはずがない」と考えております。
同一作業同一料金だと仮定すると、車種や年式、色が同じでも、新車でない限り同一作業になる事がまず無いためです。
一律料金で全塗装を行うお店に依頼をする場合は、どういったトラブルには対処してもらえるのか、作業後に考えられるトラブルは無いか、前述の「もっと予算をかけられる」といった事を伝えた場合、どういった提案が出るのか(逆に言えば、この質問によりその予算をかけなければどういったトラブルが発生する可能性があるかが分かると思います)といったところで、クレームが発生する可能性を少なくすることができると思います。
考えられるクレーム発生の原因その2 全塗装なのに色が違う場合もある
全塗装で色が違う事なんてあるの?と思う方が多いと思いますし、鈑金工場の目線から考えても、色が違うというクレームが発生しづらい作業のように思えます。
しかし、全塗装時に事故修理も同時に行うなどで、色が違う!と言われてしまう事があります。
例えば塗装済みバンパーで交換をしながら、他の部分を全塗装する場合などで発生する可能性が高くなります。
塗装済みバンパーはなぜ色が違って見えるのかについての詳細な説明は割愛しますが、簡単に言えば「素材が違うと色の出方が違う場合がある」という言い方になるでしょうか。
最近では、バンパー以外にも樹脂部品が多くなっております。
そのため、調色した色(使用している塗料)は同じでも、素材の違いによる作業工程(材料)の差から、色が違って見える事になってしまう場合があります。
これについては、色が合うまでやり直させるという方法でクレームを解決する方法はあるものの、ある程度限界がある可能性がありますので、特に純正塗装済みバンパーで交換をする場合などは、事前に打ち合わせをした方が良いケースがあります。
メーカーによっては、純正塗装無しバンパー(要塗装品)を供給している場合もありますので、そういった部品を使ってもらうという手もあります。(多くの場合、塗装済みバンパーより高くなります)
考えられるクレーム発生の原因その3 鈑金塗装は魔法ではない(修理には限界がある)
新車の製造工程と比べれば、鈑金塗装工場は「工場」というよりも「家内制手工業」に近いものがあります。
例えば、1人で鈑金塗装を行っている工場さんは、部品屋さんや馴染みの営業マンがくると、
「ちょうどいいところにきた!スライドドア持ってて、留めるから!」
という事が発生します。(弊社ではありませんが、実話です)
新車製造ラインではありえないと思います。
もちろん、新車製造ラインのような環境を再現するという方法も無いので、ちょうどいいところに来た人に手伝ってもらうのが悪いわけではありません。
ただ、新車製造ラインが再現できない以上、鈑金塗装には限界があると言わざるを得ません。
これは塗装にも言えますが、新車製造ラインで行われている作業工程と、修理工場の環境は異なりますし、使われている材料も異なれば、環境も異なります。
新車の色が製造ラインや時期による環境の差によって若干異なる場合があるのをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも新車でも全てが同じ色とは言えないため、魔法でも使わない限り新車には戻りません。
その中で、限りなく事故前の状態や新車に近づけるのが職人の腕の見せ所となります。
しかし、お客様が鈑金塗装に対して求めすぎている場合、現実的に不可能な作業を依頼している事もございます。
それを、工場側がきちんと説明しない(できない)場合、クレームが発生する場合があります。
例えば弊社では、”バックドアを修理してもらったはずが、綺麗すぎるので新品に交換したのではないかというクレーム(作業内容の説明をしてほしいという請求)”が入った事があります。
鈑金塗装工場側からするとクレームとは言えない、むしろ大変ありがたい評価という事になりますが、お客様からすれば立派なクレームになるというパターンだと思います。
作業時のお写真を提示し、元々のバックドアを修理している事、保険会社と打ち合わせし、適切な作業方法を取っている事をご説明させていただく事で解決しましたが、鈑金塗装が魔法のように感じてしまう方もいらっしゃると思います。
しかし、一見簡単に思える”外して付けるという”という作業一つをとっても、状態によっては塗装の割れが発生したり、重さや留め付け部品の劣化などにより隙間が広くなったり狭くなったりすることも考えられます。
許容できない”こだわり”は何であるのか、こだわりのある部分について許容できる範囲がどこまでなのか、工場側に伝える事で防げるクレームもあると思います。
まとめ
鈑金塗装は、決して安くありません。
鈑金塗装工場に求められる法律(直近ではフュームガスへの対応)や環境の変化、仕入れ原価や維持費の高騰(産廃処理費用の上昇、塗装材料費の上昇)など、修理を安価に提供できる理由はどんどん少なくなってきています。
そして、事故修理と比べると全塗装のご依頼の多くは「全塗装に費やした金額分、価値が上昇(復元)するわけではない」という趣味の世界に近くなります。
(事故修理は、事故前の状態に戻すという価値の復元の割合が多くなる事がありますが、全塗装の場合は全塗装に費やした金額のほとんどが価値に直結しない、という場合があります。市場価値が関わるため、価値の上昇を目的として修理するのであれば、修理をしない方が良い場合もあります)
趣味であれば可能な限り安く抑えたいものですが、趣味だからこそ満足がいく、納得がいく仕上がりを求めたいものです。
クレームの発生は誰にとっても良い事ではありませんが、防げたクレームもあると思います。
「クレームゼロです!」という工場があるとすれば、「俺にとってこれはクレーム(苦情)じゃないからノーカウント!」という意味かもしれません。
これはもしかすると、「(苦情は全て言葉で説明してクレーム対応での作業を一切しないから、)クレーム(での作業経験が)ゼロです!」という意味でもあるかもしれません。
(英語のClaimの意味は請求・主張であり、苦情という意味では無いのですが、カタカナ語のクレームは苦情と捉えられがちです。弊社では基本的に、カタカナでのクレームも請求・主張という意味で使っています)
鈑金塗装工場には、時間や作業の流れといった都合や、お客様と連絡が取れないが進めないと納期に間に合わない場合も含め、自社での努力だけでは事前に苦情を防ぐ手段を取るのが困難な不可抗力のトラブルもあります。
できるだけ修理後のクレームを減らしたい場合、修理工場と綿密な打ち合わせを行い、作業内容から発生しうる苦情を確認し、それを対処するのにかかる費用を確認する事が(時間や手間はかかりますが)大事かもしれません。
また、鈑金塗装には限界があり、その限界の中で妥協できない部分(仕上がりだけでなく、限界の予算)があれば事前に伝えておくことで防げるクレームもあります。
ニーズに近い作業方法を依頼する方法についても、今後記事にしていきたいと思います。
投稿者プロフィール
- shusukesano
- 2022年7月時点で板金塗装工場のフロント(事故修理担当者)歴16年目。
年間700件近い事故に携わり、事故の総取扱件数は10,000件を超える。
お客様や取引先からはもちろん、同業他社のフロント担当者からの支持も厚く、困ったときは佐野に聞け!という板金工場も多い。
2022年1月に4歳になった娘と家族のため、月間残業時間10時間以下を心がけている。
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